釣水の穴について
石原与四郎
はじめに
釣水の穴は美東町赤郷に位置する.洞口は竪穴となっており,通常は完全に水没していて農業用水を採水するための設備が設置されている.古くから知られている洞窟の一つであり,藤井(1995)によれば,19世紀に書かれた防長風土注進案にもその記載のあることが紹介されている.
1994年,秋吉台は記録的な渇水となり,さまざまな洞窟で渇水があり,いくつかの新しい発見もなされてきた(石原・山口大学洞穴研究会,1996など).この釣水の穴でも水が涸れ,山口大学洞穴研究会ではその稀有な機会に測量,調査をする機会に恵まれた.記載などについては,藤井(1995)や山口大学洞穴研究会(1996)にすでになされているが,洞内の写真や当時の調査の進展などは発表されていないので,挿話も含めてここで簡単に報告する.
釣水の穴にはいつ入れるか?
釣水の穴の調査は北九州市立自然史博物館の藤井厚志氏の示唆によって行われた.1994年12月10日,藤井氏,秋吉台科学博物館の配川氏と私は,渇水期に水のある洞窟が開口していないかどうか見て回るため,サンゴ穴,景清洞,竜宮穴などを巡っていた.竜宮穴に関しては,石原・山口大学洞穴研究会(1996)にその報告があるが,やはり奥に新洞部が発見されている.竜宮穴の見学を終えた我々は,ごく近くにある釣水の穴に行った.竜宮穴と同様,全く水は無く,数10年ぶりに人が入るであろう洞窟を探検することが出来た.このときには藤井氏が簡単な記載をされていたが,詳細な測量は後日行うということになった.
数日後,降雨があると入れなくなる,と感じていた石原や勝,田中(洞研36代)は,ただちにメンバーを募り,測量をしに行くことにした.しかし,渉外役の勝がかなりいいかげんな渉外を行い,午後からゆっくりと入り始めた.測量は順調に進み,写真撮影を行っていると,洞口付近で変な音がする.「まあいいか」と無視し,ゆっくりと調査を終え,洞口付近に戻ってくると,入口から雨がドンドン流れ込んでいる.そういえば,洞内の最も低い位置には水がたまり始めている.慌てて一人出洞すると,配川氏がずぶぬれで待機していた.我々が調査に入ってすぐ,雨が降り出し,心配した配川氏は洞口から石を投げ込んだり,怒鳴ったり,いろいろしていたらしい.先ほど聞こえていた変な音とは,配川氏が投げ込んだ石の音や怒鳴った声だったのだ.とりあえず我々が無事であることを確認した配川氏は帰っていったが,後日お詫びに行くと,「もう少し出てこなければケイブダイバーの櫻井氏を呼ぶところだった」と言っていた.大変な心配をかけたようである.
この後,やはりこの雨で釣水の穴は水没し,それ以降,入ることは出来ていない.
終わりに
このように,大変幸運な機会に恵まれたわけだが,その前にはいつ入れたのだろうか.藤井(1995)には,およそ30年前にこの穴の奥を探検した地元民の方の話が紹介されている.また,防長風土注進案にも,洞内の記載は異なるものの,内部の様子が説明されている.このことから,数10年に一度,というような渇水時には洞内に入ることが出来るようだ.
写真・測量図


洞口から20mの地点.上方に向かうパッセージを見上げる.
上記のパッセージを上方から見る.飽和水帯での洞窟の拡大が顕著.
最奥部.洞床は礫で,この奥から水が噴出していると考えられる.
文献
石原与四郎・山口大学洞穴研究会,1996,竜宮穴の新洞部について.山口ケイビングクラブ会報,31,10-14.
藤井 厚志,1995,防長風土注進案にみる秋吉台の洞窟と地下水(2).山口ケイビングクラブ会報,30,9-23.
山口大学洞穴研究会編,1996,石灰洞報告書.36,41p.