平原の穴調査報告

石原与四郎・中野亜由美・山口大学洞穴研究会

はじめに
 平原の穴は秋吉台南東部,美東町平原地区にあるドリーネ縁に開口する横穴である.石灰岩と非石灰岩の境界付近に形成され,吸い込み穴として機能している洞窟であり,現在でも降雨時にはわずかながらも水流が流れ込んでいる.2つの洞口をもち,洞口付近のホールをのぞいてはほとんどの部分の天井高が1m以下と低く,二次生成物などはほとんど見られず,溶食形態がよく残っている洞窟である.
 平原の穴は古くから知られている洞窟でもあり,恵藤(1946)においてすでに紹介されている.その後,山口大学洞穴研究会(1968)によって洞口から半分ほどが測量され,記載が行われた.また,1970年代末にも再測量が行われ,山口大学洞穴研究会(1968)では明らかになっていなかった部分が測量された(山口大学洞穴研究会,未公表データより).
 1999年12月,山口大学洞穴研究会は平原の穴でいままで最奥部と考えられていた部分から北東方向に伸びる横穴部分を発見した(山口大学洞穴研究会・CAVE88 PROJECT,2000).発見された新洞部は山口大学洞穴研究会(未公表データ)の測量図の水没部とされている場所から約100mほどの洞窟で,天井が低く,ほとんどの部分でヘルメットを脱いで通過しなければならないうえ,常時水流が見られるために測量,調査を困難にした.
 本報告では新洞部,旧洞部を含めての再測量,堆積物,裂罅系,気流・水流などの調査結果の概要をまとめている.なお,本報告は山口大学洞穴研究会が行った調査を元に,測量図編集および記載を中野が,その他のデータの取りまとめ,および全体の調整を行った.また,調査の一部はまだ継続中であり,最終的な報告ではないことも記しておく.



調査メンバー

測量は2000年3月,9月を中心に,調査は9月を中心に行った.
測量:金丸育大,中野亜由美,菊池慎祐,河内和幸,中野香織,山藤睦司,新谷俊一,井口康史,高本大平,佐久間悠輔,芝原誠一郎,橋口健一,細川泰平,山口夢里,三宅壮
堆積物調査:新谷俊一,井口康史,青木ゆかり
裂罅系・溶食形態調査:細川泰平,橋口健一,中野香織,菊池慎祐
水流・気流調査:石原与四郎
レベル測量:菊池慎祐,上田和広,石原与四郎

測量方法
 平原の穴の多くの部分は背が立たないほど狭く,匍匐前進をして進まねばならず,測量は困難を極めた.ポケコンの設置できる洞口部のホール付近を除いて,測線の方位はブラントンコンパス,G.L.コンパスを用い,G.L.コンパスを用いた時の傾斜角はハンドレベルを用いた.距離はメジャーで有効数字3桁を確保できるように計測した.したがってBCRAの測量グレードにしたがえば4-5Dを確保している.



洞内記載

 洞口から最奥へ向かって1.洞口周辺,2.2つのループ,3.旧最奥部,4.新最奥部の4つに分け記載する. 
1.洞口周辺
 洞口は2つあり,斜面に開口する幅11m,高さ6mの大洞口と,それよりNE方向約20mのところにある2×1mの小洞口である.大洞口から入洞すると,10×10mのホールからW方向とNE方向に洞は伸びている.洞口から奥に7mまでの両壁側は高さ1m程度のテラスになっており,腐植土が堆積している.両テラスの間には礫が多く,入り口付近には15cm〜20cmの角礫がある.
 W方向の支洞は10mほどでつまっている.ここではペンダントやフローストーン,鍾乳石,腐植土が観察される.またこの支洞最奥には高さ6mほどのドームがあり,その近くに非石灰岩礫が観察される.NE方向に伸びている主洞部は,天井高0.1〜1.0mの通路を抜けると小洞口(2m×1m)のあるホールにつながる.この通路の始めから4mほどにはN40W走向の節理がよく見られる.通路の中央に10cm〜15cmの亜角礫が無数に見られ,奥に向かって左側には粘土が多く堆積しており,ホールに近くなるほどその量は増している.通路の出口の天井にはN-S走向10E傾斜の節理が走っており,天井が節理面に沿って崩落したと思われる.
 小洞口のあるホールは10m×20mの広さでN方向に伸びている.天井高は10m前後であり,シーリングポケット,鍾乳石,フローストーンなどが見られる.小洞口からホールまでの傾斜は30度であり,またホールの洞床は泥,礫が堆積している.小洞口からN方向に12m進むと洞床より1m高いテラスがあり,テラスに沿って洞床に細い礫が観察される.


 
2.2つのループ
 ホールからNE方向に幅5mの通路が10m伸びている.奥に向かうにつれ天井高が1m〜50cmへと低くなってくる.この通路にはN75W70N,N80W80Nの節理が見られた.ホールから5m〜10m進んだところに非石灰岩の礫が観察される.
 通路を抜けると洞はNE方向とNW方向に分岐しているが,これは奥でつながるループとなっている.分岐点にはN80W80N,N45E70Nの節理が見られ,それぞれ分岐した通路に向かって走っている.分岐点には5cm〜10cmの亜角礫と,細礫が見られる.
 NE方向に伸びる通路は14m進んだ後E方向とW方向に分岐する.この分岐もまた奥でループしている.E方向の通路は洞床に泥が堆積しており,7mほど進むとN方向とSE方向に分岐しており,これをN方向に進むと2番目に分岐した通路とつながってループする.またSE方向の通路は天井高0.4〜0.8mのほぼ水平天井を呈している.洞床に礫が多く堆積している.20mほど進むとプールがあり,先は水没している.
 2番目の分岐点からW方向に4m進むと洞はNE方向に曲がっており,これを5m進むとE方向とNW方向に洞は伸びている.ここまでの9mの通路には10cm〜15cmの角礫が堆積している.3番目の分岐をE方向に進むと2番目に分岐したE方向の通路とつながる.逆にNW方向の通路を16mほど進むと最初に分岐した通路とつながる.このNW方向の通路にはN60E,N60W,N20E,N70Wなど様々な走向の節理が見られる.NW方向にある通路の5m〜10mの礫は石灰岩と非石灰岩のものが入り交じっている.
 最初の分岐点からW方向に続く通路は泥が多く,またループ合流地点に近い場所では狭い部分が多くなっている.ペンダントやスカラップが観察される.
 


3.旧最奥部
 更に洞は蛇行しながらN方向に向かう.天井高は0.4〜1.4mほどであり,洞床に礫の堆積が見られる.44mほど進むと,洞はW方向とNE方向の2つに分岐しており,主洞部(新最奥部)はNE方向である.分岐点周辺には5cm〜10cmの亜角礫,細礫,粘土が堆積している.分岐点からW方向に4mの洞床にはリムストーンが形成されている.そこから4m進むと水流があり,その手前には粘土が堆積している.水流中にはチャート,砂岩の円礫が観察される.30mほど進むと湧水がある.湧泉の5m手前には黒い石灰岩が見られる.
 


4.新最奥部
 この新最奥部は大ループ終了地点からN方向に44m進み,更にNE方向へ最奥部への通路は続いているが,新最奥部入り口は天井高わずか0.3mで,洞床には礫が多量に堆積しており,非常に見つかりにくいため,今回まで発見が遅れたと考えられる.
 入り口をくぐり抜けるとすぐ水流があり,最奥へ向かって流れている.水深は測量当時の3月上旬で0.1〜0.3mである.新最奥部入り口から5mの地点の天井にN75E15Nの節理が走っている.天井高は0.4〜1.0mで,天井はほとんど水平である.通路には5cm〜10cmの礫が多く堆積している.通路の幅は2.4〜6mで,緩く蛇行しながら90mほど続く.15mと,35m進んだ場所には2cm程度の非石灰岩,チャート,砂岩礫が堆積している.洞床にリムストーン,シーリングポケットが形成されている箇所もある.80mほど進んだところに見られるポケットはN57E76Nの節理に沿って形成されている.
 水平天井を抜けると40×30mほどのホールに出る.ここにはドームとなっているが天井高は目視で確認できない.ホールの洞床には泥が大量に堆積している.ホールのN側に向かうと水流が見つかる.これは最奥部通路に流れていた水流の続きである.水流はホールから出て更にN方向に流れている.水深は1mほどで,ホールから6m進むと水没して先に進めなくなっている.


その他の調査
 その他の調査として,洞窟の発達を考察する上で重要な裂罅系,堆積物,気流・水流調査などを行った.ここでは,簡略化した報告を行う.また,現在も行っている堆積物調査は中間報告として概要のみを報告する.


裂罅系
 裂罅系の調査は,洞内に見られる主要な節理および断層の走向・傾斜を記載し,その割れ目がどの程度洞窟の伸びに影響を与えているように見えるか,という点に注目して行った.見られた節理や断層について,代表的なものについて,その伸びの方向を簡略化した測量図に示した.
 平原の穴における裂罅系は主に東西方向のものが卓越する.顕著な断層は大洞口に見られるNE-SW系のものしかないが,洞の東西方向の伸びは多くは節理に沿ったものであることがわかる.この方向は秋吉台大久保地域で卓越する(太田ほか,1980)節理系とは必ずしも一致しないが,非石灰岩地域との境界の地質構造と一致しており,それに関連して形成された節理であることが予想される.平原の穴の伸びの方向と節理・断層系は調和的であることがわかった.

 

堆積物
 堆積物の調査は,洞床に見られる堆積物の粒度,組成,球形度など,また洞内でしばしば作られる小さな「段丘」の構成物に注目して行った.洞床の堆積物の多くは非石灰岩の円礫〜亜角礫で,洞奥に行くにしたがって粒径が小さくなる.湧水の見られるもっともE側のプール,最奥部のプール底にはシルト〜砂質の堆積物が見られる. 
 大洞口および小洞口のホールには段丘状の形態をした高まりがある.前者は細粒シルト〜粘土からなっていて,しばしば小礫を含む.一方,後者は細礫を中心として砂質およびシルト質堆積物からなる.表面を削るとしばしば堆積構造が観察され,水流によって形成されたことがわかる.
 なお予察的ではあるが,最奥部のホールの堆積物を4kgほど採取し,礫構成種を見た.その結果,礫種および量比は,多いほうから,白色チャート>黒灰色砂岩・泥岩>緑色岩>黄灰色砂岩>赤色チャート>緑色チャート>石灰岩礫,という傾向が見られた.平原の穴のあるドリーネには,非石灰岩として大田層群(砂岩,チャート,頁岩)と石灰岩堆積時の基盤となっていた凝灰岩が分布している.堆積していた礫は洞口から流れ込んだものに間違いないだろう.平原の穴水系が何処に続くのかを考える上で,これらの礫構成は重要な情報となる.
 平原の穴は二次生成物が少なく,顕著な発達は認められない.大洞口のW側の支洞にある鍾乳石およびフローストーン,小洞口ホールのフローストーン,旧最奥部の湧水地点付近にフローストーン,最奥部ホール手前の通路の床にリムストーン,また,最奥のホールに解けかけたフローストーンが見られる程度であって,いずれも小規模な発達である.

気流・水流
水流
 通常時,平原の穴の水流は,洞奥の湧水地点から最奥ホールのプールまでのもの,ループから東南に伸びる支洞奥に認められるプールからのもの,また普段は認められない洞口からのものがある.ほぼ水平な洞窟であるため,はっきりとした流れは認められないが,晴天時でも洞最奥部のプールでは0.5l/s程度の水量であった.しかし,いったん降雨となると,大洞口から洞奥まで流れ込む水流が認められるようになる.洞口から流れ込んだ水は小洞口のホール東端でいったん吸い込まれ,その後再び合流する.図に示したルートでかなりの水が流れこみ,新洞部のほとんどは水没するか,天井高が10cm程度になるため,降雨時の入洞は避ける必要がある.

 

気流
 9月の調査時,洞内の気流の動きを線香の煙を用いて調べた.その結果,最奥のホールから大洞口までの弱い気流が確認された.洞中央部のループしている場所では2つに分岐したが,洞口付近で再び合流した.小洞口付近での空気の流れに顕著なものは見られなかった.通常,夏季には高い位置にある洞口から低い位置にある洞口に空気の流れがあるということが知られており,平原の穴においても最も高い空間を持つ最奥部のドームから,大洞口に流れる気流があったと考えられる.

 

レベル
 平原の穴の精確な標高を求めるため,美東町平原集落内の測量のベンチマークを基点としてレベル測量を行った.測量にはスタッフおよびレベルトラコンを用いた.その結果,大洞口で127.5mの値が得られた.これは地形図から読み取れる標高よりもかなり低い位置である.

 

おわりに
 平原の穴の調査は,未報告であった部分も含めての再測量を目的に行われた.しかし,測量中の新洞部の発見や改めてレベルを調査すると今までの報告とは異なることなど,当初考えたものよりも得たものは大きい.また,狭く,水流があり,匍匐前進の体勢のまま行う新洞部の測量や堆積物,裂罅系の調査など,山口大学洞穴研究会では普段行わないような調査を行ったことも意義深い.
 最近,すでに報告や測量のある洞窟を改めて見直すと新しい発見があった例が多くなってきている.秋吉台も例外ではない.今後も平原の穴の調査は続けてゆく予定である.

 

謝 辞
  本調査を行うにあたり,秋吉台科学博物館の方々,美東町教育委員会の池田氏には入洞に際して便宜を図っていただいた.また,CAVE88 PROJECTの諸氏にもアドバイスをいただいた.記して厚く謝意を表す.

 

文 献
恵藤一郎(1942):秋吉台カルスト地方の石灰洞.山口県教育会会報,第2,3合併号.
太田正道・杉村昭弘・配川武彦(1980):秋吉台石灰岩層群と地質構造.河野通弘編,秋吉台の鍾乳洞−石灰洞の科学−.9-24.
山口大学洞穴研究会編(1968):石灰洞報告書.第10集,山口大学洞穴研究会.
山口大学洞穴研究会・CAVE88 PROJECT(2000):平原の穴新洞部と平原地区の洞窟.日本洞窟学会第26回大会講演要旨,54.


*本稿は「石原 与四郎・中野 亜由美, 2001,平原の穴調査報告.山口ケイビングクラブ会報, vol.36, 11-18.」を一部改変し,著者および山口ケイビングクラブの許可を得て掲載したものである.

戻る